「日本は人口減少など危機克服策を」 米国専門家が2050年復活シナリオ

近未来の日本はどうなるか、といった予測のレポートや小説に遭遇すると、4、5年先でも大きく変動することが多いうえに先がなかなか読めない現代世界で、よく大胆に推論を踏まえた見通しを書けるものだな、と思うことが多い。
ところが今回取り上げてみたい、と思ったクライド・プレストウイッツ氏の著書「近未来シミュレーション 2050日本復活」(東洋経済新報社刊)はちょっと違う。
これまでの近未来ものと違い、日本の再生や復活に関して何がポイントか問題の所在をよくつかんでいて、ヒントになる問題提起もあり日本の将来を考える上で参考になること、しかも筆者自身が日本を戦略的に見る「訳ありの米国人知日派」という興味深い点があることだ。
 

筆者は「訳あり米国知日派」、
かつての「日本たたき」がなぜ今、復活論なのかに興味

訳ありの米国人知日派」というのは、著者のプレストウイッツ氏が、かつて米レーガン政権時代に対日貿易赤字是正のため、日本に市場開放を求める米側のタフな交渉官として有名で、米ワシントンポスト紙記者が当時「ジャパン・バッシャー」(日本たたき)と命名するほど厳しい対日市場開放要求を行い、日本側を震え上がらせた過去があるからだ。

日本での生活経験があり、貿易交渉を有利に導くため日本研究を徹底して行った、という意味での知日派だが、米国中心に世の中が動くべきだとの思い込みの発想によって、世界中にアメリカナイゼーション(アメリカ化)を強要する米国至上主義者ではない。

しかも別の著書「東西逆転」(日本放送協会刊)では米国の慢心にブレーキをかけ、今後、経済成長を背景に台頭する中国、インド、ブラジルなどBRICS諸国に対してしっかりとした戦略軸を持たないと、米国がリーダーシップを失う、と鋭い指摘を行っている。

しかし私が興味を持ったのは、過去の対日貿易交渉にあたって日本の強み、弱みの徹底研究を行い、交渉を有利に導くためとはいえ、日本を追い詰めるかのように弱み部分にグサッと攻め込んだ人物が、なぜ今、日本復活シナリオを書こうとしたのか、という点だ。

 

35年ぶりの日本は先端技術国家、
「イノベーションで無人自動車、交通事故はゼロ」

まず、プレストウイッツ氏がどんな2050年の日本を描いたか紹介しよう。冒頭の「2050年東京」部分がなかなか面白い。米国から東京へ35年ぶりに出張した人が東京羽田空港に全日空機で降り立つところから話が始まる。

搭乗したミツビシ808型超音速ジェット機は1970年代に英仏共同開発のコンコルドとは比べものにならない機材で、巡航速度が2倍、航続距離も3倍近い、カーボンファイバーや最先端電子機器を搭載している。

さらに、開発した三菱重工は2020年に、事故などで倒産した米ボーイング社を買収した、との設定で、このスーパー飛行機の製造と輸出を世界で独占した結果、日本の貿易収支が大幅黒字になるほどの貢献度だ、という。現在、三菱重工子会社の国産初のジェット旅客機MRJの立ち上がりが遅れ、苦戦しているのとは対照的だ。

2050年日本の話はさらに続く。

「羽田空港に降り立つと、入国審査も通関手続きもない。パスポートは機上でスキャンされ、フライト中に、そのデータが審査されている。(到着後)彼の荷物を積んだロボットが出迎えてくれる。ロボットに案内され、予約しておいた鉄道かインテリジェント自動車の発着ターミナルへと向かう」

「ここで目にするのが、本当の先進日本だ。都心だけでなくどこへ行くにも、運転手がハンドルを握るリムジンバスやタクシーはいない。ロボットが操縦する高速鉄道や無人自動車を利用する。もはや、日本では誰も運転などしない。道路も建物も乗り物も、すべてがスマート化されている。こうしたイノベーションのおかげで、日本では交通事故がほぼなくなり、当然ながら交通事故による死傷者もいなくなった」と。

本当は「失われた20年」経て活力失った
日本の行く末心配、2017年危機を主張

何ともすごい日本の近未来を想定しているが、日本には技術革新力があるため、2050年時点の姿を描くとこんなシミュレーションをベースに、今後の社会システムづくりに関して、日本は世界の先進モデルを作り出せる国になる可能性があると評価している。

しかしプレストウイッツ氏の本当の問題意識はそこにない。日本はバブル崩壊後のデフレの長いトンネル「失われた20年」を経て、以前の政官財一体の日本株式会社主導で目標に向かって動いたアクティブな姿が2015年から2017年にかけて消える。「仕方ない」という諦めムードが政治、経済リーダーのみならず社会に漂って、活力に欠ける日本に変貌し今後の行く末が心配、というのだ。そして、日本の2017年危機を主張する。

要は、先延ばしで来たさまざまな課題解決に取り組み、構造改革に努めないと、2017年に一気に問題噴出する、という設定だ。

そのシミュレーションによると、2016年半ばに、安倍首相が掲げた経済政策「アベノミクス」の限界が見え、日本経済復活ができないことがはっきりする。興味深いのは、日本が何と国際通貨基金(IMF)借り入れに頼らざるを得ず、事実上のIMF管理下に入る、という。国民財産の大半が注ぎ込まれている国債に下落リスクが急浮上し、資産目減りや国債暴落の恐怖から年金信託や投資信託が日本国債はじめ円建て資産の売却に走る。政府や日銀は資金流出を食い止める利上げに消極的で、資産逃避に拍車がかかり、ついにIMF借り入れに走る、というのだ。

 

専門家による「特命日本再生委員会」で
人口減少策に手を打たないと絶滅の危機

そればかりでない。ソニー経営が内向き志向になり、追い上げる韓国サムソン電子と手を結ぶ決断に及び、2017年に吸収合併を余儀なくされる、という話もある。プレストウイッツ氏は、これら最悪の事態に陥りかねない日本に歯止めをかけるため、日本のさまざまな分野の専門家からなる「特命日本再生委員会」という委員会の組織化、そして日本復活シナリオづくりに入っていく。

日本研究を続けた知日派米国人が委員会を通じて、まず手掛けるべきだと打ち出したのが人口減少対策だ。2050年までに人口が8800万人まで落ち込む日本政府予測の先にはやがて年間1000万人の人口が減り、何も手を打たなければ絶滅する可能性があり、日本社会は機能しなくなる、という。委員会は、働き手であり母親の女性の就業率を大胆に高めることを最重要対策にあげ、さまざまな対策も提案している。ポイント指摘の部分が多く参考になる。そして、いずれタブーの移民受け入れに踏み込む決断が必要という。

 

新・日本経営モデルで生産性の大幅引き上げを、
高齢社会システムづくりも提案

また、委員会は日本経済復活のために新・日本的経営モデルづくりを打ち出した。生産性を大幅に引き上げることが軸になっていて、たとえば高度先端技術や製品開発力で世界のリーダー的な力を持つ中堅・中小企業をドイツの同種の「ミッテルシュタンド」企業向け対策に合わせて、世界市場進出や起業支援のために政策金融を充実強化する策、また税制改革に関しても法人税率をシンガポール並みの15%、消費税率を6%に逆引き下げる代わりに累進税率を所得に応じて高くする個人所得税の導入なども打ち出した。

スペースの関係で多くは紹介できないのは残念だが、日本の強み・弱みを知る知日派の問題提起はそれなりに参考になる。ぜひ、読まれたらいい。

そんな矢先、プレストウイッツ氏が日本記者クラブで講演するというので積極参加した。質疑応答時に、質問は1問と制限されたので、私は、日本が人口の減少と同時に高齢化にいや応なしに向き合わなくてはならない一方で、日本には世界で未踏の高齢社会システムづくりにチャレンジできるチャンスがあり、新たな制度設計を作り上げて、中国など後発の人口高齢予備軍を抱える国々に問題提起すれば、存在感をアピールできると思うが、どう考えるか、と聞いた。プレストウイッツ氏は、「同感だ。日本は、人口の高齢化という弱み部分を強みに変えて、先進事例として、各国に示して行けばいい」と答えた。

米国にとって同盟関係にある日本の弱体化はリスク、
そこで活力回復を狙った?

さてここで、冒頭に「対日貿易交渉で日本を追い詰めるかのように弱み部分にグサッと攻め込んだ人物が、なぜ今、日本復活シナリオを書こうとしたのか」という疑問に関する答えを申し上げよう。私は、この本を読んでいて、米国の知日派を中心に、経済的に低迷を続け、しかも人口減少など構造的な課題の解決を忌避して弱体化する日本の存在は、同盟関係にある米国にとってリスク、という判断も出てきたため、この際、逆に復活シナリオを提案して、米国のライバルにならない程度に活力回復を狙ったのでないか、と。

もう少し申し上げると、今回の米大統領選の共和党大統領候補のトランプ氏が、財政赤字削減のために同盟国にもそれぞれの国に駐留する米軍基地の費用負担を求める、という発言ともリンクする。早い話が、米国は巨額の財政赤字を抱える中で、経済の低迷に苦しみ財政、金融政策両面で身動きがとれない状況を打開するためにも今後は、同盟関係にある国々が米国頼みにならないように経済活性化につながるマクロ政策を求めると同時に、米国の負担を肩代わりするような同盟関係に持ち込むべきだ、という考えがあることだ。

 

「米国による安全保障の傘が小さくなる状況と向き合え」
と日本の米国頼みけん制

そのヒントが本の中にいくつかあった。たとえば、プレストウイッツ氏はパックス・アメリカーナ(超大国米国の覇権で成り立つ平和)が弱まってきた問題に関連して、「米国が直面したのはコストの問題だ。通常、覇権を握る国は、自分の庇護下にある国の安全を保障する代わりに負担を求めるものだ。しかし、米国の場合、安全を提供するという『特権』に自分で代価を支払っていた。直接的には同盟国を守るために米軍を投入したこと、間接的には莫大な貿易赤字という形での負担だ」と述べている。この言い方は、トランプ氏の大統領予備選時の同盟国に全額負担を求める発言につながる。

そして、プレストウイッツ氏は「日本は1945年以来続いてきた米国による安全保障の傘が今後小さくなる状況と向き合わねばならない。それが、日本の抱える最大の課題だと理解することが重要だ」と述べている点だ。その際、「長年にわたり、日本は米国主導による安全保障同盟の庇護の下で安穏としていることに慣れてしまい、そうした状況が変わることなど、想像もできない。しかし間違いなく変わる」とも述べている。

 

米国は地域覇権に踏み出す中国に単独で
相対峙困難と判断、日本を巻き込む狙い

プレストウイッツ氏は、この著書で、弱体化する日本に危機感を持ち、2050年日本復活シナリオを提示したかったのは間違いない事実。しかし、そのシナリオの背景には米国自身の地盤沈下、経済力の低下に対する危機意識も事実で、だからこそ、米国にとって、同盟国日本の弱体化は負担増を余儀なくされ、リスクである、と判断したのだろう。

早い話が、中国がアジアで地域覇権を求め政治的、軍事的だけでなく経済的にも攻勢を強め、米国が単独で中国に相対峙するのは難しく同盟国日本を強化してサポートを求める必要がある、その意味でも日本をアジアでニラミをきかす強い存在にしておくことが重要だ、と判断し始めたと言えないだろうか。

日本の電機産業は今、生き残り分岐点 強み・弱み見極め完全品揃えと決別を

日本の産業群で今、地殻変動が起こりつつある。技術力に裏打ちされた国際競争力を武器に、外貨稼ぎができる業種は自動車と電機と言われた時期が長く続いたが、このうち白物家電産業がここ数年、韓国、台湾、中国の追い上げ攻勢に太刀打ちできず、シェアを大きく奪われて凋落の一途と言っていいほどの厳しい事態に陥っている。まさにグローバル競争に敗れつつある。「失敗の研究」の格好のテーマなので、ぜひ取り上げてみたい。
具体的に申し上げれば、液晶テレビで先行した家電大手シャープが経営不振から台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業の傘下に入った。また、三洋電機も経営不振で中国ハイアールに家電の冷蔵庫部門を身売りし、本体部分は家電大手パナソニック傘下に入って完全子会社化した。さらに、粉飾経理で経営悪化に陥った東芝は冷蔵庫・洗濯機など白物家電事業部門を中国の美的集団に売却したことなどだ。しかし日本に限ったことでない。米ゼネラル・エレクトリック(GM)は、日本とは対照的に大胆な事業部門整理の一環とはいえ今年1月、家電事業部門を中国ハイアールに売却した。白物家電産業分野で一時代を画した国々の主力企業が後発参入国の追い上げで地殻変動に見舞われたことは間違いない。

1億人成熟消費市場へのこだわりやデジタル化対応後れ、
スピード経営欠如が敗因

シャープや三洋電機などのケースは、理由がはっきりしている。1億人レベルの成熟消費者がいる日本国内市場向けの高品質の製品づくりにこだわり過ぎて、アジア新興市場などローエンドと呼ばれる低価格品主体の市場を軽視するなど、機敏なグローバル化対応ができなかっただけでなく、デジタル化、ICT(情報通信技術)時代の製品対応に後れをとったこと、さらに決定的なことは資金調達力の差に加えて、設備投資判断を素早く行うスピード経営の面でも差がついてしまった結果、競争に敗退していった、と断言できる。
中でも、韓国サムソン・エレクトロニクスは強烈個性のトップリーダーのもとで、日本をターゲットに追いつき・追い越せの猛ダッシュ作戦で日本の電機産業を凌駕した。今はその企業経営の勢いは中国に移りつつある。ハイアールや美的集団は、技術開発力の弱さを補うため、資本力にモノを言わせた企業合併&買収(M&A)作戦で、技術力のある日本や米国の企業買収に踏み出した。これに人件費など生産コストの差がつけば、太刀打ちができないが、ひと昔前ならば、考えもつかなかったことが今や次々に現実化している。

捨てるものは大胆に捨てて事業転換図った
富士フィルムや米GEが成功モデル

では今後、日本の電機産業は、どういった道を歩むべきなのかが次のポイントになる。結論から先に申し上げれば、厳しいグローバル競争の現実を冷静に見極め、競争に勝つために大胆かつ新たな巻き返し策をとる必要があるが、その場合、重要なことがある。それは、かつてのようなあらゆる製品を誇示するフルセット主義、端的に言えば完全品ぞろえ主義を捨て去ることだ。同時に、すべて自前でやる完璧主義へのこだわりを止め、異業種の優れもの企業、ベンチャー企業などと大胆に連携し、その技術開発力や生産力などを活用してネットワーク力を広げることだ。
それを踏まえて、グローバル競争に勝つ経営ポイントは、その企業の強みと弱みを見極め、捨てるものは捨て、逆に強みに磨きをかけて付加価値生産力を高め、国際競争力を強化していくしかない。需要が激減したカメラ用フイルムを見限り、かねてから培ったバイオ技術など活用して医薬品や化粧品などに事業転換して見事に成功した富士フイルムが好例だし、米GEの大胆な事業転換も成功モデルだ。大事なことは何を捨てるかだ。
経済学の教科書にあるリカード比較生産費論にあるとおり、日本は間違いなく人件費や部品など資材調達費のコスト競争に関して、ライバル国の物価水準だけでなく為替換算しても歯が立たなくなっている。かつて、日本企業は急激な円高に対応して、生産拠点を中国などに移し現地生産によって競争力確保を図ったこともあった。しかし生産移転に伴うおびただしいコストアップ要因を克服してもプラスなのか見極めがつかなくなっている。それどころか一時議論があったように、あおりで国内の生産空洞化を招くだけでなく雇用を大幅削減するリスクがはかりしれないなどの問題もある。

アナリスト泉田さんの分析は鋭い、
「グローバル競争ルール変わったことに気づかず」

しかし今は、そのレベルを越えて、地殻変動が起きている現実に対し、日本企業が対応できているかどうかが重要だ。あるセミナーで出会って鋭い問題意識に共感し、それ以後、交流しているアナリストの泉田良輔さんの分析がとても参考になるので、ご紹介させていただこう。泉田さんは著書「日本の電機産業」(日本経済出版社刊)で、なぜ日本企業の強みが弱みに転じたのか、という点に関して、競争のルールが変わったこと、早い話、地殻変動が起きていることに気づこうとしなかったことに問題があった、と指摘している。
泉田さんによると、日本の電機メーカーはデバイスの強み、その強みを享受した最終製品へのこだわりを捨てきれなかった。ところが通信やネットワークのインフラが大きく変化したことで、電機メーカーが強みにしていた最終製品の機能がスマートフォンやタブレットパソコンにどんどん取り込まれ、ネットワークを通じて不特定多数の人たちが「見る楽しみ」を共有するようになった。もはや、コンピューターやネットワークとつながらない最終製品では競争に勝てないし、消費者に見向きもされなくなっているのだ、という。

「競争優位見極める」「総合優勝よりも種目優勝」
「プラットフォーム獲得を」など5つ

電機メーカーの経営の強み、弱みを見抜くアナリストらしい分析力に、私自身が目から鱗の部分があるが、泉田さんは「負け戦から学びグローバル競争に勝ち進む5つのパターン」を挙げている。具体的には「外部を使う」「競争優位を見極める」「総合優勝よりも種目優勝を目指す」「そらす戦いをする」「プラットフォームを獲得する」の5つだ。
私がすでに申し上げた事業分野で競争力を失ったものは捨て、逆に強み部分に磨きをかけるなどいくつかの点は同じなので、さすがと思わせる「そらす戦い」「プラットフォーム獲得」のポイント部分のうち「プラットフォーム」に関して述べよう。要は、グローバル競争に勝ち抜く場合、国際標準のルールづくりに主導的にかかわっていることが重要だが、ことルールづくりでは欧米諸国が圧倒的に強い。そこで、日本企業は、国際標準化している外国企業をM&Aなどで傘下に収めグローバル競争力を誇示すればいいという考えだ。

国際標準ルールづくりに積極関与を、
中国のTPP参加検討は国際ルールづくり絡み

それと同時に、日本企業が今後、グローバル市場で大きなシェアを確保する電機製品などを持ち続けるにあたって、重要なのは、その日本企業が国際標準ルールづくりのルールメーカーの役割を果たすか、欧米の有力企業を巻き込んでルールをつくるかのいずれかを積極的に進めることだ。今、中国が日米主導のTPP(環太平洋経済連携協定)に後発でも参加することをひそかに検討している、という中国関係者の情報がある。ひたすらTPPを敵対視していた中国がなぜ、と思われるかもしれないが、中国は日米主導で国際標準ルールを作られてグローバル市場から取り残されるよりも、TPPに参加して国際標準ルールづくりに中国も参加することで競争力を維持すべきかどうか悩んでいる、という。要は、今後のグローバル競争でのポイントは国際標準ルールをめぐる争いだということだ。
次に、ぜひ申し上げたいのは今回、シャープが台湾の鴻海(ホンハイ)精密工業の傘下に入ったこと、三洋電機が中国ハイアールに冷蔵庫事業部門などを売却したことなどは、経営不振のあおりで、その選択肢をとらざるを得なかった点に関することだ。すでに申し上げたように、あらゆる事業部門を装備してフルセット主義で強み保持、という時代には無理があり、コスト競争力の面で決定的に勝てなくなった事業部門に関しては、事業譲渡などで見限る発想を持つしかないが、今後のグローバル競争時代の電機産業のビジネスモデルとして、日本のものづくり企業が持つ「すり合わせ」機能をグローバル化にうまくつなぎ合わせ強みにする戦略的な発想が重要だ。

シャープOB中田さんは鴻海精密と
「すり合わせ国際経営2.0モデル」連携を主張

この点について、シャープ問題の取材過程で私が関心を持ち、その後交流を続けるシャープOBの中田行彦立命館アジア太平洋大学教授の話がとても参考になる。中田さんはシャープで液晶技術本部技師長などを務めたあと、外からシャープ経営を分析しているが、最近ご自身の著書「シャープ『企業敗戦』の深層」(イースト・プレス刊)で、ポイントをつく指摘を行っている。
中田さんのキーワードは「すり合わせ国際経営2.0モデル」だ。具体的には、シャープが今後、鴻海精密工業の傘下に入って生き残りを図る際、シャープの「すり合わせ」による研究・開発力とブランド力を使い、鴻海精密工業の生産技術と中国などにある生産工場や世界に広がる顧客のネットワークを活用する、言ってみれば「国際水平分業」のネットワークの形成だ、と中田さんは著書や講演で盛んに述べている。
ここでいう「すり合わせ」は、日本のものづくりの世界では重要な手法で、独自設計にもとづき複数の部品をうまく組み合わせて品質のよさ、使いやすさなどの付加価値部分を巧みに生み出す手法だ。日本のものづくり企業が世界に誇る生産手法だが、今やデジタル化が進んでコンピューターによる設計や製造、とくにコンピューター上でつくった3Dという3次元データを設計図にして立体物つくっていく対極の新生産方法にプレッシャーをかけられている。
しかし中田さんは、インターネットが発達すれば、グローバルの遠距離の世界でも日本のものづくり産業の強み部分の「すり合わせ」をうまくマッチングさせれば、むしろ強みが倍加する、という。そこで、シャープの生き残り戦略は、鴻海精密工業の傘下に入ったとはいえ、互いの持つ強み部分を補完しあうようにすればいい、とくに鴻海精密工業の中国を含めグローバルに広がる生産力、それにテリー・ゴウ会長のスピード経営判断力をうまく活用すればいい、という。

中国ハイアールも旧三洋電機の技術陣を活用し
洗濯機で日本市場シェア確保

中国ハイアールが旧三洋電機から事業買収した冷蔵庫、洗濯機の白物家電事業部門は現在、旧三洋電機の技術者が中心になって新機種開発に力を注ぎ、「ハイアール」、それに「アクア」の2つのブランド名で日本市場でも一定のシェアを確保するほどの健闘ぶりだ。現に旧三洋電機の「アクア」ブランドがそのまま活用されている。
中国や台湾、韓国の企業にとっては、1億人の成熟消費人口がいる日本に市場参入してシェアを確保するのは厳しいため、まずは旧三洋電機やシャープのブランド力、技術開発力などをうまく生かして、まず実績をつくること、日本市場で評価を得れば、他のアジア市場、あるいは欧米の先進国市場に輸出しても市場浸透を図れる、という考えもあるのは間違いない。
でも、重要なことは、日本の電機産業にとって、地殻変動が起きて、大きな試練を味わっているが、競争力を失った事業分野は捨てて、逆に強みを誇れる事業分野は磨きをかけて、新たな付加価値で対応すること、さらにシャープOBの中田さんが指摘するように、事業分野によっては中国や韓国、台湾企業と提携し「すり合わせ国際経営2.0モデル」で生き残りを図ってもいいのだ。日本はこのグローバル競争時代に新たなビジネスモデルづくりにチャレンジすればいいのだ。

小説「プラチナタウン」「和僑」にヒント 成熟社会と第1次産業再生のモデル

時代の先を見据えて、面白い構想力で小説を書き、しかもその小説の中身が10年後に現実の世界にぴったりとあてはまる、ということがあったとしたら、その作家って、すごいな、と私のみならず、誰もがそう思うだろう。
それに関連する話が最近の月刊文芸春秋誌7月号にあった。石破茂地方創生担当大臣と作家の楡周平さんが「地方創生の鍵は『高齢者の街』だ」のテーマでの対談がそれだ。その中で、楡さんが10年ほど前に書いた「プラチナタウン」(祥伝社文庫)は今、政府や自治体などで大きな政策テーマとなっている地方創生、高齢者が地方に移住して新たな町づくりにかかわる問題などを予見しており素晴らしい、と石破大臣が高く評価したのだ。

石破地方創生担当大臣も楡さんの小説を
「時代の先を予見している」と高く評価

石破大臣がこの小説を読むきっかけが面白い。伊吹文明元衆院議長からある時、「『プラチナタウンという経済小説を読んだかね』と聞かれ、『いえ、読んでいません』と答えたら『地方創生の担当大臣なのに、そんなことだからダメなのだ。本を送るから読めばいい』と叱られ、あわてて読んでみたら、とても面白くて参考になった」というのだ。
このエピソードがずっと以前、新聞記事に出た時に、記事を読んで思わず笑ってしまった。私自身も実は、その経済小説の存在を知らなかったため、好奇心をかき立てられ読んでみた。楡さんの着想や問題意識がなかなか面白く、一気に読んでしまったが、この「プラチナタウン」の続編ともいえる「和僑」というタイトルの経済小説があることも知り、それも続けて読んだ。私はむしろ、この「和僑」で描かれた着想が日ごろから考えていたことと同じだったので、楡さんという作家に強い興味を覚えた。そして、他の小説「象の墓場」や「レイク・クローバー」などを立て続けに読んだ。着想や構想力だけでなく、現場を歩いてよく取材している点がジャーナリスト的な作家だ、と感心した。

 

高齢社会を見据えた町づくり、
日本食文化を生かした第1次産業の再生がテーマ

さて、文芸春秋誌対談で問題先取りされてしまったが、私自身も、実はこの経済小説「プラチナタウン」と「和僑」で提起している問題をコラムで一度、取り上げてみたいと思っていたので今回、私なりにテーマに挑戦してみたい。
第1のポイントは、高齢者比率が急速に高まる高齢社会を想定して、アクティブシニアをめざす人たちを含め、高齢者が老後を苦にせず、気持ちの面で豊かに生活できる社会の制度設計をどう構築するかだ。そこには医療や介護など重い課題の山積があり、容易でないが、今回の例でいえば「プラチナタウン」のような町づくりもある、ということだ。
もう1つの議論ポイントは、農畜産業など第1次産業の再生だ。「和僑」で提起した日本食文化とフルリンクさせた農畜産物の輸出が1つの選択肢だ。要は、日本食文化への評価の高まりを背景に、日本の外食企業が海外で店舗展開する。その際、日本でもお客に人気のメンチカツ、タンシチュー、お好み焼き、焼き鳥などB級グルメ食を外国人仕立てにし、マーケッティングに工夫をこらして行列のできる店にする。食材は現地調達せず、日本の独自素材を活用して加工し、日本食の味の魅力を半製品にして輸出するところがポイント。そうすれば第1次産業が腕を振るえる。冷凍加工システムに磨きをかけ安定輸出につなげる。日本の第1次産業にとってグローバル版6次産業化ともなる、という考えだ。
楡さんの小説は現場体験などをもとにした
小説スタイルで面白い!

本題に入る前に、経済小説「プラチナタウン」と「和僑」をまだ読んでおられない人たちのために、簡単に中身を紹介しよう。
「プラチナタウン」は、宮城県のある架空自治体の話だ。総合商社の部長が、社内での人事レースに敗れ屈折した気持でいた時に、郷里の友人から次期町長に推される。弾みで引き受けたものの、無駄な公共投資のツケで赤字を抱え込み財政再建団体寸前、工場誘致で開発した巨大な団地も手つかずのまま放置などでカベにぶつかる。しかし自然などの地域経営資源を前に、老後不安を抱える高齢者を対象に、豊かな老後を過ごせる永住型住宅タウンも一案と、かつて勤めた商社を巻き込む。結果的に東京などから高齢者が移住し人口増で町が勢いを取り戻して活性化、介護などで雇用も創出され税収が上がり、町再生に成功する話だ。楡さんの筆致はなかなか巧みで、読ませるので、ぜひご覧になればいい。
続編ともいえる「和僑」は、町出身の若者Uターンなどで活性化したプラチナタウンの将来リスクをテーマにする。移住してきた高齢の居住者がいずれ超高齢化に伴って死去したりすると人口減少でリスクを迎えるためだ。商社OBの町長が苦悩していた時に、米国に帰化して外食企業で成功した町出身の企業経営者が帰郷する。その経営者が米国籍の娘ともども、町の畜産現場の和牛肉やメンチカツなどB級グルメ食品に舌づつみを打ったのを見て、町長ら町の関係者が企業経営者との連携を思いつく。具体的には、町でレストラン経営の若者とその経営者が一緒に米国で日本食文化の店を展開する。華僑と同様、日本人が海外でビジネスを立ち上げる和僑だ。その際、町の第1次産業の再生につながるようにさまざまな食材を調合して冷凍加工し切れ目なく供給する体制をつくるといった話だ。

政府も今、日本版CCRCで高齢者が地方に移住して
居住する町づくりを構想

そこで本題だ。石破地方創生担当大臣が冒頭対談で語ったところでは、政府は今、米国で定着しているCCRC(CONTINUING CARE RETIREMENT COMMUNITY)の日本版CCRCを構想中だという。要は、都会の高齢者が地方に移り住み、健康状態に応じた継続的なケア、つまり医療や介護を含めたケア環境のもとで自立した社会生活を送れるような地域共同体のことだ。先進事例がある米国では現在、2000か所にそれがある、という。楡さんが小説で描いた「プラチナタウン」も、それと同じものだ。
私も、自然という豊かな地域経営資源がありながら人口減少で疲弊していく地方の経済社会の再生には、「プラチナタウン」や日本版CCRCを構築するのはいいアイディアだと考える。それに合わせて地域で新たな雇用創出となるばかりか、若者を中心に都市に流出していた、その土地の出身者がUターンで戻ってきて地域の立て直しに頑張る構図が見えてくれば、その人たちが中核になって地域おこし、地域再生に弾みがつくと思う。

問題は移住してきた高齢者と地域住民の融合など
新地域社会システムがつくれるか

問題は、都市から移住してきた高齢者らと地域住民がうまく融和し、互いにその地域に誇りを持てるような枠組みがつくれるかどうか、「プラチナタウン」で楡さんは過剰な公共投資でつくった病院などの社会インフラが結果的に再活用される、というプラス面が出ると指摘したのは事実ながら、それら医療や介護施設を軸に新たな地域医療ネットワークシステムにつなげることが可能かどうか、端的には地域内の遠隔地に住む高齢者との間でICT(情報通信技術)を駆使して早期発見・早期治療のシステムづくりに持ち込めるようにすることが必要だ、さらに、「プラチナタウン」の高齢者がアクティブシニアとして地域貢献できるシステムづくりが可能かどうかなどだ。単に高齢者の町をつくるだけでは地域の活性化にはつながらないからだ。
その点で、今年2月にオンエアされたNHKの旧「クローズアップ現代」で「高齢者の“大移動”始まる!――検証・日本版CCRC」を思い出した。当時、CCRCという存在を知らなかったので、興味を持ってみてみた。現在、構想の具体化に向けて取り組んでいる新潟県南魚沼市のケース、また20年前に全国に先駆けて開発された福岡県朝倉市のケースなどだった。

福岡県朝倉市の失敗事例をどう生かすか、
新潟県南魚沼市チャレンジは興味深い

このうち朝倉市のケースは失敗事例だ。当初、300億円の総事業費で一戸建て住宅街、住民交流のコミュニティセンター、フィットネスクラブ、ゴルフ場など、豊かな老後を過ごせるようなタウンづくりが計画された。ところが目標とした1000人の移住が実際には200人にとどまり、民間の開発業者の経営が悪化して住民交流の場であるフィットネスクラブなど施設が建設中止に、また介護を必要とする人たちをサポートするヘルパーさんらがうまく集まらず安心して老後が送れないと他地域に転出してしまった、という。今後、日本版CCRCを具体化するにあたっても、この朝倉市の失敗の研究をしっかり行って、何を教訓にしてプラスに切り替えていくかが重要だ。
南魚沼市のケースは、今度、チャンスを見つけて現場に行ってみたいと思ったが、興味深いのは、アクティブシニアという形で活躍できる場をどんどん提供することで、結果的に介護保険や医療費の負担問題が解消される方向にもっていくこと、さらに南魚沼CCRCビジネス研究会を通じてIT関連企業との連携を図り、新たなビジネス創出につなげていくこと、新潟県内に立地する国際大学とも連携したり、独自にインド、スリランカからIT企業誘致も検討することなど、取り組みが「医療や介護を必要とする高齢者の町」ではなく「アクティブシニアの力を借りて町の再生を」という発想が面白い。

農産物輸出は売り切りではダメ、
グローバル版6次産業化の発想で行くべきだ

2つ目の農畜産業など第1次産業の再生の話に関しては、楡さんが「和僑」で描いた海外で日本食文化の評価の高まりをうまく活用する点は大賛成だ。着想が極めていい。これまでの農産物輸出の発想は、いわゆる売り切りの輸出でしかない。つまり際限なく日本産農産物などにリピートの声がかかるような仕掛けができていない、また競合する農産物が出てきたら、たとえば値段が割安、味も改良されて日本産とそん色ないものとなれば、そちらに代替されてしまうリスクが大きい。
そうしたことを根本から変えるのが、「和僑」で描いた農産物輸出方式だ。つまり、海外で日本食文化への評価の高まりなどを背景に、独自の日本食B級グルメ食品をアピールして存在感を高める、その食材を日本で独自に味付け加工して冷凍で輸出するようにしてグローバル版6次産業化をすれば、第1次産業の再生にも間違いなくつながる。
その点で行くと、農林水産省や経済産業省が考える「攻めの日本農業」のための農産物輸出戦略は、課題や問題がいっぱいなのだ。私はかねてから、オランダ農業の現場を見た経験から、日本農業はオランダ農業に学べと考えている。九州の広さしかないオランダ農業は、日本と同様、農地が少なく、人件費上昇リスクなどを抱えているのに、今や米国に次いで世界第2位の農業輸出国になっている。

日本は戦略的なオランダ農業に学ぶこと多い、
世界第2位の農業輸出国は見事

その最大のポイントは、農産物輸出に戦略を持っていることだ。別の機会に、コラムでレポートするが、輸出先市場を徹底して研究すると同時に、それら市場でオランダ産農産物がシェアを確保できるものは何かを絞り込み、ガラス張りの巨大な施設でICTなどを活用して生産性向上によってコストも削減して競争力維持に努めること、さらにゴールデン・トライアングルとオランダが自ら名づける産官学の連携による優れた新品種開発体制づくり、それと日本の地域産ブランド、端的には和牛の松阪牛、佐賀牛、滋賀牛などのような地域ブランドとは対照的に「オランダ産」1本で統一して輸出に取り組むなどだ。
日本農業は生産力も、品質管理力も十分にあり、海外で勝てる力をもっているが、これまで「守りの農業」で終始してきたため、オランダのような輸出戦略に欠けているだけだ。

自主管理運営の八戸岸壁朝市が面白い 民間創意で地域起こし、先進モデルだ!

逆境を跳ね返して、アイディアをめぐらし、人や組織を見事に動かしている地方などの現場を見ると、勢いがあるので、生き生きしていることが多く、思わず「素晴らしい」「すごい」と叫びたくなる。今回、「時代刺激人」コラムでご紹介したいと思ったのは、青森県八戸市の館鼻(たてはな)岸壁朝市の、まさに勢いのある現場の典型例だ
実は、この朝市を見ることができたのは、里山資本主義などの著作で常に現場ウオッチを欠かさない私の友人、藻谷浩介さんが主宰する3.11フォローアップツアーのプロジェクトに参加したおかげだ。
私は、3.11のフォローアップに強い興味があって、過去3回、参加した。今回は、これまでの福島県飯舘村や南相馬市など原発事故被災地域へのツアーと違って、津波で壊滅的な被害を受けた岩手県宮古市そばの田老町などの復興状況を、三陸鉄道北リアス線に乗って見て回るのが目的で、最後の目的地が八戸漁港だった。私自身にとって八戸市訪問は初めてだったが、地元で地域起こしプロジェクトにかかわるナビゲーターの町田直子さんの案内で現場見学して大当たりだったのが、今回ご紹介する朝市だ。

漁港のある八戸市の人口が24万人で、
しかも朝市が9つあって活況なのは驚き

朝市は、言うまでもなく長い歴史がある。日本だけでなく、世界中のさまざまな地域で、人が集まる場所には、近隣の農業者や漁業者などが早朝に生産物を持ち寄って売買取引するための市場(いちば)が立つ。市場機能が整っていないところでは自然発生的に生まれるが、成熟した日本国内では、函館朝市などのように常設の朝市となって、一種の観光スポットになっているものもあれば、地域起こしの拠点として朝市が広がっている。岩手県盛岡市の神子田朝市、岐阜県高山市の宮川朝市や陣屋前朝市などがそれだ。

私は全国の朝市めぐりをしているわけではないが、今回、八戸市で館鼻岸壁朝市を見て、活況ぶりに驚くと同時に朝市の地域起こし効果を再認識した。青森県内で漁港の町として有名な八戸市が人口24万人を擁して、県庁所在地の青森市に匹敵する人口規模であるうえに、市内の中心部には何と9つの朝市がある、と聞いて驚いたが、今回ご紹介する館鼻岸壁朝市は、毎週日曜日だけの開催にもかかわらず、際立っている。活況ぶりには実は成功の秘密があり、全国に数ある朝市の中でも先進モデル事例に入る、と言っていい。

 

八戸の館鼻岸壁朝市は360店が出店し
早朝から大賑わいで活気度がすごい

その成功の秘密の前に、まずは現場のすごさを申し上げよう。館鼻岸壁朝市は、イカやサバなど全国有数の漁獲水揚げを誇る八戸市の太平洋岸にある八戸港の中で、館鼻岸壁という青森県の広大な県有地を使って雪解けの3月から12月までの毎週日曜日限定で、夜明けから午前9時まで開催されている。現場で圧倒されたのは、会場の端から端まで800メートルに及ぶ朝市ストリートという通りが2列になっていること、しかも2つのストリートの両側にぎっしりとおしゃれなテントを張った店から露店の店まで、約360のさまざまな店が軒を連ねているのだ。まるで小さな町がそこにある、というイメージだ。

私がその朝市に着いたのは午前6時過ぎだったが、まだ時間的に早朝だというのに買い物客がぎっしりで、ちょっと先が見えないほどなのだ。どのお客も立ち止まってほしいものを物色したり、あるいはウインドウショッピングを楽しむ形でぶらぶら見て回るなど、さまざまだが、早朝の漁港岸壁が人、また人で大賑わいなのはやはり驚きだ。しかも朝市に出店した地元の人たちが面白い。声を張り上げて楽しそうに呼び込みを行うので、思わずのぞいてみたくなるほどだ。

 

八戸の館鼻岸壁朝市の成功モデルは
商工関係者らの見事な自主運営管理

朝市がこんなに活気あるのを見て、誰もが、いったい何が成功の秘密なのだろうか、と思うだろう。結論から先に申し上げよう。館鼻岸壁朝市の成功モデルは、八戸市内で商売している農漁業、商工業の関係者が自主的につくった「協同組合湊日曜朝市会」(上村隆雄理事長)による自主管理運営にある、と私は思っている。

ジャーナリストの好奇心で、協同組合理事長の上村さんにいろいろ話を聞いたところ、やはり、自主運営管理がポイントだった。上村さんによると、県や市など行政へのお上頼みにせず、農業者、漁業者ら生産者から商工業関係者まで、さまざまな人たちが互いに連携して民間の発想で、いい意味での創意工夫を重ねながら朝市を自主運営管理していることが活力の源泉でないか、という。

上村さんの話では、この館鼻岸壁朝市の母体は、同じ八戸市内の湊町山手通り沿いに展開していた湊日曜朝市だ。その朝市も、上村さんらが自主運営管理していたが、町の中心部の商店街での日曜朝市だったため、お客を含めて参加者が増えるにしたがって歩道部分を占拠する形になり、危険だと苦情が出た。当然のことだ。そこで、移転先を探すうちに県が保有管理する館鼻岸壁が候補地として浮上した。その岸壁は、主として平日に青森県外の遠洋漁業の漁船などが修理で使っている場所で、広大な敷地が魅力。問題は、県が日曜日限定とはいえ、使用を認めてくれるかどうかだった。

 

県には朝市の経済効果をアピール、
規制も不要で民間がやると頼み込んで許可得る

そこで、上村さんらは、朝市の経済効果を全面に押し出し、行政が地域起こしのためにバックアップすることの重要性を指摘、その上で運営費用などをすべて民間でまかない、管理もトラブルを起こさないように徹底して行うので、広大な県有地を毎週日曜日の午前2時ごろから午前9時まで、という使用時間限定で借り受けられないだろうか、と提案した。その際、衛生管理などルールはしっかり守るので、規制を加えないでほしい、と頼み込んで合意をとりつけた、という。

問題は、その自主運営管理だ。上村さんの話では、広大な駐車場の管理から、10か所にのぼる仮設トイレ、大量に出される場内のごみの分別ごみ捨て場などの管理、また迷い子などの連絡の場内放送、さらに地方への宅急便などの発送手続きコーナーの管理などはすべて、行政に頼らずすべて自主管理で、整然と行っている。

タテヨコ3メートル、6メートルの1区画を1人1万円、中には2区画2万円で出店したい人たちに割り当てる。出店料収入は電気代を含めた運営管理費用に充てられる。協同組合は上村さんが理事長になっているが、役員、専従従業員をおかないので、経費もほとんどかからない。何か問題があった時に幹部が合議制で問題解決にあたるだけ、という。

 

360店が出店、まだ80店が待機中というからすごい、
観光客が泊まり込みで来訪

この館鼻岸壁朝市の出店者は360で、全国の朝市でも突出しているが、何と現在80店が申し込んできて待機中というからすごい。協同組合では、それら出店者を認めるにあたって面接を行う。夜店などでよく見かける香具師(やし)、テキヤといった、いわゆるやくざまがいの人を排除するためで、怪しいなという場合、地元警察に照会する。自主運営管理の責任を心得ているところがすばらしい。

上村さんの話では、季節などにもよるが、平均して館鼻岸壁朝市には1回8万人が来てくれる。そして午前6時からピーク時の午前8時半ぐらいまでのわずか3時間弱で、売上高が平均して1億円、という。朝市の経済効果は間違いなく大きい。

そればかりでない。上村さんは「実は、この館鼻岸壁朝市は2004年に現在地に移転してから13年目ですが、評判が評判を呼んで、私たちの朝市を見にいこうという観光客の人たちが増え、前夜から八戸市内に宿泊していただくので、市内中心部も繁華街に変わり、飲食店や商店が潤うというプラス効果が出たのです。うれしいことです」という。

 

農業、漁業者の人たちも朝市に参加、
売れ筋商品を探って川下参加のプラス効果

ナビゲーターの町田さんにも面白い話を聞いた。館鼻岸壁朝市に出店する人たちは、八戸市内にも店を出す商店の人たちが多いが、農業者、さらに漁業者の人たちも意外に目立つ。この人たちは、川にたとえれば川上で生産だけに携わっていたのが川中の加工に手を広げ、その商品化したものを川下の流通現場の館鼻岸壁朝市で売る、という六次産業化に目覚めた。言ってみれば卸売市場流通にだけ頼らず、自分たちで売れる商品づくりに工夫を凝らして、いい意味で儲けることにやる気を見せてきたが、この朝市では、お客のニーズを探って、売れ筋商品づくりにも意欲を示す、というのだ。漁業者は、とくに出漁するご主人たちではなくその奥さんたちで、水揚げして卸売市場でセリにかけない、あるいはかけにくい魚で調理加工すれば売れそうだ、というものを朝市の現場で売り出したら、大当たりだった、という。とてもいい話だ。

 

焼き立てパン屋さんには行列、
おいしさなどがSNS効果で全国に伝わり話題に

しかし町田さんによると、もっと興味深い話がある。館鼻岸壁朝市に出店する店の中で、アンジェリーナというかわいい名前の焼き立てのパン屋さんが大人気で、行列ができるほどだという。この店のビジネスモデルは、本格的なパン焼きセットを装備したトラックを店の奥に置き、その場でニーズに対応して味にこだわりのあるパンを焼くので、焼き立てという鮮度に加え、味のよさが評価を得ている。クロワッサンが大人気で、地方区から一気に全国区に行くほどの味のよさで、この評判がプラスに働いて、スマホでフェースブックなどを通じて「おいしかった」と全国に流されたおかげで、アンジェリーナはいろいろな場所に出店する人気だ。まさにソーシャルネットワークサービス(SNS)と館鼻岸壁朝市の行列のできる店の二重効果だ、という。

 

協同組合リーダーの上村さん
「行政のお上頼みで行かず自主運営管理が成功」

上村さんは自主運営管理による朝市効果に関して、「行政のお上頼みで、しかも補助金などを当てにしたりする地域起こしはうまくいきません。それに行政にかかわると、責任をとりたくないためか、規制が先行します。その意味で、私たちのような自主運営管理手法で行けば、衛生管理などはもちろん、自己責任で厳しくやりますし、また出店した人たちがみんな、朝市に集まるお客との会話で売れ筋商品などのヒントを得るし、また他の店の売り方を見て、刺激を受けて、自分たちでも工夫するとかの効果も大きいです」とメリットを盛んに上げた。

しかも、上村さんは、町田さんが指摘したようにスマホなどを通じてインターネットで広がるSNS効果の大きさも大いに勉強になったとし、若い人たちに「館鼻岸壁朝市が面白いぞ、おいしい店があるよ」などと発信し「いいね」「いいね」のリアクションで情報が広がり、集客にプラスに働く効果も見過ごせない、という。

そして上村さんは「海に囲まれた日本には、館鼻岸壁のような岸壁はいっぱいあります。私たちの成功事例を参考に、県など自治体が積極的に使用許可を与えて、有効活用してほしい。地域起こしの場を提供してくれるだけでいいのです。あとは、私たち民間が自主管理運営して成果を上げるのですから、、、」と語っていたのが印象的だ。

責任果たす真のリーダーが日本にいない 黒川さんが新著で「国民に不幸」と警鐘

「福島第1原発事故は、日本の最も弱い部分、すなわち『日本のエスタブリッシュメントの甘さ』を世界中に露呈した。日本の信用が一気に低下したのは事実だし、今もその動きは止まっていない」
「志が低く責任感がない。自分たちの問題であるにもかかわらず、他人事のようなことばかり言う。普段は威張っているのに、困難に遭うと、わが身かわいさから、すぐ逃げる。これが日本の中枢にいる『リーダーたち』だ。政治、行政、銀行、大企業、大学、どこにいる『リーダー』も同じである。日本人は、全体としては優れているが、大局観をもって『身を賭しても』という、真のリーダーがいない。国民にとって、なんと不幸なことか。福島第1原発事故から5年過ぎた今、私は、改めてこの思いを強くする」

「東電原発事故から5年たっても誰も責任とらず、
事故教訓も生かされていない」

これらの言葉は、東電の福島第1原発事故の原因究明にあたって、政府や東電から独立して調査に臨んだ国会事故調査委員会の黒川清委員長(当時)が、最近出版の「規制の虜(とりこ)」(講談社刊)の中で言及したものだ。日本社会に対する警鐘と言っていい。

黒川さんにすれば、世界中を震撼させた大事故にもかかわらず、事故後5年がたっても誰も責任をとっていないこと、事故の教訓が生かされないまま原発再稼働ばかりが先行する現実、原発事故というシビア・アクシデントに対する広域住民避難計画など防災体制づくりが先送りになっていること、世界の国々が日本の原発事故から何を学ぶべきかを知りたいのに、日本政府は再発事故防止策に対する日本の教訓について、未だに世界に対し明確に発信していないことなどへの強い憤りが、これらの警鐘になった、と言っていい。

私自身も、黒川さんと一緒に国会事故調にかかわり、事務局で現場調査を見てきた関係から、冒頭の警鐘部分に関しては実感しているうえ、日本の組織社会、とくに日本株式会社の中枢にいるエリートといわれる人たちの本質を鋭く突いており、100%同感だ。

米MIT教授も政治リーダーに不満、
FTジャーナリストは組織の罠リスクを問題視

そこで今回は、黒川さんが警鐘を鳴らした日本の組織社会をマネージするリーダーたちの問題、とくに与えられた責務や責任を果たすアカウンタビリティ欠如の問題、それが社会に影響を及ぼす重大さ、日本のシステム危機に及びかねない問題を取り上げてみたい。

そんな矢先、米マサチューセッツ工科大学のリチャード・J・サミュエルズ教授の著書「3.11 震災は日本を変えたのか」(英治出版刊)を読んでいたら「日本は3.11をきっかけに新たな日本づくりをめざし大きく変化するチャンスだったが、政治リーダーは現状維持を優先した」と不満げに述べている。今の日本にとってヒントになると思った。

さらに、英フィナンシャル・タイムズ紙の米国版編集長のジュリアン・テッドさんが著書「サイロ・エフェクト――高度専門化社会の罠」(文芸春秋社刊)で、組織の細分化、専門化、複雑化が進んだことで陥りやすい組織リスクの問題をサイロ、つまり家畜の飼料や牧草を貯蔵する倉庫棟のサイロ、日本流にはタコつぼにからめて、タテ割り組織にヨコ串を刺さずに連携を怠ることで起きる弊害を問題視した。ソニーなど巨大組織事例を取り上げており、これもリーダーが考えるべきことで、日本のシステム警鐘になると思った。

3.11から5年、教訓をどう生かすか 被災地は人口減少・高齢化で心のケアも

 日本のみならず世界中を震撼させた3.11の東日本大震災、原発事故から5年がたった。5年は間違いなく、1つの節目だ。被災地の人たちにとっては、先が見通せないまま、厳しい試練の日はこれからもまだまだ続く。
 私自身、ジャーナリストという立場もあり、これまで福島や宮城、岩手の3県の被災地の現場には本当に数多く足を運び、いろいろな方々に出会った。逆境を切り開こうとがんばっておられる人たちをさまざまな形で支援するのが私たちの大きな役目だと実感した。しかし同時に、大震災や原発事故時の対応から何を学び教訓とするか、特に今後いつ起きるかわからない首都直下型大地震や南海トラフに備えた災害対応で、今回の教訓を踏まえて「想定外」などとエクスキューズしないで済むような取り組みが重要だ、と痛感した。
そこで、今回は3.11から5年の節目に、何を教訓とするか、その教訓が生かされているのかなどに関して、コラムをお届けしたい。

 

マハティール元首相「日本だから、ここまで復興できた」
メッセージ、率直にうれしい

その前に、世界の人たちが日本の復旧から復興、さらに創造的な復興への取り組みをどう見ているか関心があったので、いろいろな意見やコメントなどをチェックした。その中で、日本経済新聞の3月11日付の朝刊「大震災から5年」企画の「世界 見守る」というコーナーで、マハティール・ビン・モハマド・マレーシア元首相がインタビューに答える形で日本向けに発信したメッセージが、私たちにすごく元気を与えてくれる、という意味で、よかったので、ぜひご紹介したい。

 

「日本の復興は完全ではない。だが、日本だから、ここまで復興できたのだ。他の国ならば、国民は、より感情的になり、さまざまな問題が生じただろう。日本は自然災害や人的災害を克服する能力を世界に示した」
「痛ましい災害を通じて、日本は多くの教訓を得た。将来の災害に備えて、海辺の住宅を高台に移すなどの対策を進めた。生き残りのノウハウを蓄積し、災害予知の精神も高まっている。他の国が持たない強みで、新たなビジネスの機会を開くかもしれない」

 

「日本人の価値の一つは『恥を知る』ことだ。人前に出して恥ずかしいものを作ることをよしとしない。それが世界に誇る数々の製品の開発につながった。私たちは『ルック・イースト』政策を通じて日本から多くを学んだ。日本の若者は、外国に影響を受け過ぎだ。もっと日本に誇りを持つべきだ」と。

外国からの激励メッセージとは別に、
被災地ではまだ厳しい現実が続く

マハティール元首相のメッセージのうち「日本だからこそ、ここまで復興できた」という部分は、日本をよく知っている人の発言だけに重みがあるが、率直に言ってうれしい評価だ。確かに、大震災などに遭遇した過去の海外での事例でも、暴徒化した群衆が略奪や暴行などに走り、人間のいやらしさ、むごたらしさを見せつける場面が映像で映し出されることもあった。そういった点で、マハティール元首相などから見れば、日本は、厳しい現実を運命と受け止め、互いに協力・協調しあって、しかも秩序だって復旧・復興に取り組む姿は、不思議な国民性だ、という評価になるのかもしれない。

 

しかし、その外部評価とは別に、被災地の現実は厳しい。私が歩いた三陸海岸沿いの岩手県下閉伊郡山田町や同じ岩手県上閉伊郡大槌町、宮城県本吉郡南三陸町では津波で流された町の中心部の土地かさ上げ工事、高台の宅地造成などが5年たった今も続いている。

横浜の杭打ちミス問題はまだ未決着 元請け建設企業の責任が依然あいまい

「信じがたい」「なぜそんなことが」といった事故が最近、日本国内のみならず世界中いたる所で起きている。その多くは、ヒューマンファクターなど人災によるものだが、同時に組織エラー、端的には社会の安全や人命の安全を二の次に、目先の利益を最優先にする誤った企業の行動、あるいは大組織病が関係する組織エラーがそこに潜む。

こわいのは手抜き工事による人災、
台湾での高層ビル崩壊事故は組織エラー

今年2月6日に台湾の台南市を襲った地震で16階建て高層ビルが一気に崩壊した事故は、まさに人災典型例で、しかも組織エラーだった。現地報道では強烈な地震の揺れから10秒後にビルが崩れ落ち始めた。そして住民は逃げる間もなく閉じ込められ、最終的に116人が犠牲になった。当局がチェックしたら、その高層ビルには支えとなるべき鉄筋が十分に入っておらず、建設会社の悪質な手抜き工事が原因だ、とわかったためだ。

 

地震による台湾全体の死者数の98%がこの崩壊事故に集中しており、建設に携わった企業に重大な責任がある。なぜ社会の生命安全などを二の次に利益最優先の企業行動に出たのか、台湾当局は徹底解明し、再発防止につなげるためにも厳罰処分すべきだろう。

成熟社会国家日本のキーワードは安全確保、
横浜杭打ちミスでの企業対応に問題

さて、本題だ。さすがに日本では台湾のような悪質事例はない。しかし昨年10月に問題が表面化して大騒ぎになった横浜のマンション杭打ちミス問題は、成熟社会国家日本にとって今やキーワードの安全確保という点で、看過できない事例だ。
というのも住民サイドからのマンション傾き異変の発見、通報に対し大企業側は当初、東日本大震災の影響だと冷ややかだったが、独自調査した自治体の問題指摘でやっと動きだし、本格調査したら意外な杭打ちミスが判明した。結果的に大惨事に至らなかったが、私は、この初期対応を含め大企業の対応に依然として問題が残っていると考えている。

 

結論から先に申し上げよう。監督官庁の国土交通省が事態を重視し今年1月13日に、元請けの三井住友建設、第1次下請けの日立ハイテクノロジーズ、第2次下請けの旭化成建材3社に対し行政処分を下した。しかしそれは行政サイドの問題であって、肝心の関係企業、とくに元請けの大企業を軸に再発防止策が十分にとられたとは到底、思えない。現時点では第2次下請けの旭化成建材、親会社の旭化成が再発防止策に踏み込んだだけだ。

元受け三井住友建設が主導し、
独立専門家の第3者委に調査と再発防止策依頼を

そこで、私はこの際、元請け企業の三井住友建設が主導し第1次下請けの日立ハイテクノロジーズ、第2次下請けの旭化成建材の2社と共同で、外部の独立した公正かつ専門的な第3者に克明な原因解明調査を依頼し、土木建設の元請け・下請けシステムの在り方、そして再発防止策を提案してもらうようにすべきだ、と考える。

 

いま大事なのは、関係した大企業、とくに建設の元請け企業の三井住友建設が、プロジェクトの中軸にある企業として、まずは率先してリーダーシップをとり、下請け企業を統括、管理・監督するにあたって下請けシステムのどこに問題があったのか、たとえば杭打ちデータ偽装などを避けるために仮に「見える化」システムを導入するとしたらどういった方法がベストか、問題個所が見つかった場合、誰が中心になって問題処理、対策を講じるのか、といったことに関して、元請け企業としての積極姿勢を示すことだ。

想定外リスクを常に想定する時代に 2016年は波乱含みで先が読めず

「想定外を想定する」。一瞬、何のことかと思われるかもしれない。正確に申し上げれば、想定外のリスクを常に想定して行動せざるを得ない時代に入った、ということだ。言葉の遊びで申し上げているのではない。先行き不透明な時代状況の中で、予想もしなかった想定外のリスクが急速に増えてきており、先手対応が必要になってきているのだ。
過激派組織ISのテロ行為は際限なく拡大してリスク、
北朝鮮の軍事力誇示もリスク

現に、2016年は年明けからグローバルレベルで、さまざまな問題が噴出し、文字どおり波乱含みだ。たとえば今や最大の想定外リスクになりつつあるのが過激派組織「イスラム国」(IS)の動きだ。ISは、戦略を変えてイラクやシリアだけでなく欧州や米国でも行動しているが、1月12日にはトルコのイスタンブールで自爆テロ、その2日後の14日にはインドネシアの首都ジャカルタでも爆弾テロを行っている。各国のテロ行為との間にどういった関連性があるのか、狙いは何なのかが全く読めないし、つかめない。しかし、地政学的なリスクとなりつつあることだけは間違いない。

 

北朝鮮が予告なしに1月6日に行った核実験も同じく想定外だ。軍事力の誇示によって存在感をアピールしたつもりかもしれないが、放射能拡散リスクが少なかったのは不幸中の幸いだった。それにしても金王朝の若い独裁者は国内で恐怖政治、国外に対しては背伸びして軍事力を誇示しようとしている。朝鮮半島リスクは増幅するばかりだ。それどころか北朝鮮と相対峙する韓国では、これに対抗して急速に核武装論が台頭してきている。朝鮮半島の国々、それに中国を含めた北東アジアに緊張が高まるのは日本にとってリスクだ。

中国経済減速による先行き不透明が世界株安を誘発、
市場のリスク連鎖が懸念

グローバル経済も同じだ。年初に中国経済減速リスクを懸念したニューヨーク市場での株安が東京、上海などグローバル市場に連鎖波及し、主要国株価が大きく下落した。中でも渦中の上海市場で想定外の動きが起きた。昨年8月の株価急落時に、中国当局がマーケットとの対話なしに、強引に株価維持作戦(PKO)を展開した対策を継続するのかどうかの疑心暗鬼が株価下押し圧力となった。あわてた中国当局は株価急落に歯止めをかけるサーキット・ブレーカー(取引停止)措置を発動したため、中国個人投資家の狼狽売りが加速した。今や経済大国になりつつある中国の金融システムが未だに不安定なため、先進国市場の投資家は先行き不安を感じて同じく狼狽売りに走り、一気に世界株安を招いた。

 

問題はグローバルの時代、スピードの時代といった時代のもとでは、1つのマーケットの大きなリスクが次々と他の地域に連鎖し、グローバルに波及する可能性が極めて高くなっていることだ。インターネットの登場で情報伝播のスピードリスクが加わる。水際で防ぐ、といったことは、一昔前ならいざ知らず、今やそれはあり得ない。そこに、想定外のリスクが起きた場合、マーケットリスクはとてつもなくこわいものになる。

原油急落は石油消費国にプラスだが、
中東産油国が財政難対策で株売りのリスク

原油市場も同じだ。ピーク時に1バレル100ドル超だった原油価格は、今や30ドルを割り込むほどまで急落した。石油消費国経済にとってはプラス要因だが、ゴムマリに例えれば、そのプラスのふくらみは他の部分でへっこみとなってマイナスに働く。端的には原油価格急落が産油国の原油収入ダウンを引き起こしたため、財政悪化のやりくりでサウジアラビアなどは、欧米先進国市場に投資していた株式や不動産の売却に走り、それがグローバルベースでの株価急落を誘発する動きにつながった。これもまた想定外リスクだ。

 

原油価格急落の大きな原因は、大口原油需要国の中国の経済減速が需要減退を招いたことだが、米国利上げに伴い新興国にあった投資マネーが米国へ流出し、あおりで新興国経済が減速し原油需要ダウンにつながった。そればかりでない。サウジアラビアとイランという2大産油国は、宗派対立を背景に国交断絶したが、原油生産面で事態を複雑化させる。イランは最近の欧米の対イラン経済制裁解除に伴い、原油生産や輸出に攻勢を加える可能性が高いが、OPEC(石油輸出国機構)の盟主サウジアラビアとのシェア争いがからみ、原油安を招きかねない。米国は、両国と関係を保持しており仲裁役もあり得るが、シェールガス生産で両産油国とは利害が分かれるため、関係修復で役割を果たすことなど、到底望めない。また、原油安はISの財政基盤を揺るがし、テロ活動資金確保のために誘拐による身代金要求という行動に出ることもある。これらのリスクも想定外のリスクだ。

地域をプロデュースする新リーダーを 動き出す地方創生のカギは人材づくり

人口減少に伴う地方消滅リスク、シャッター街化が進んで閉そく感広がる地方商店街など、数多くの問題を抱える全国各地で最近、危機感の高まりをきっかけに、自分たちの町を変えようという意欲的な取り組みが生まれ、地方も少しずつ変わりつつある。
しかしその動きは、率直に言ってまだ鈍い。国が地方自治体と連携して進める地方創生プロジェクトでも、お上(かみ)頼みが強く、独自性を打ち出せない自治体が多いためだ。問題は、地域をプロデュースするリーダー人材が現場に決定的に不足していることだ。私が現場を歩いた経験では、その人たちを輩出する枠組みが出来れば流れは変わる、と思う。
地域をプロデュースするリーダーとは、具体的にはどんなことを言うのだろう?と思われることだろう。要は、さまざまな課題を抱える地方の現場で「人生意気に感ず」と、いい意味で人を動かし組織を動かすリーダーのことだ。それぞれの地方の置かれた現状をじっくり見極めて、住民の人たちから将来ニーズを探り、みんなが思わずチャレンジしようと考える地方創生プランを主導して方向付けする、いわば地域をプロデュースするリーダー的な人材と言ってもいい。今、現場では、そういった核になる人材が不足しているのだ。この新リーダーは、地域や地方の人でも外部の人でもOKだ。

木村東京農大教授がモデル事例、
「地方からイノベーション起こそう」と呼びかけ

今回は、それにぴったりの人がいて、いいモデル事例になると思うので、その人の話を突破口に、地方創生の問題を考えてみよう。その人というのは木村俊昭さんだ。東京農業大教授のかたわら、大学教授には珍しく?フットワークよく全国を飛び回り、自らコミュニティ・プロデューサーを名乗って「地方からイノベーションを起こそう」と、全国の地方のいろいろな人たちに呼びかけている人だ。とにかく行動的で、私の友人の藻谷浩介さんと同様、現場・現実・現物の「三現主義」を実践し、好奇心の旺盛さを背景に現場の変化をしっかり見極め問題構築する取り組み姿勢が素晴らしく、とても尊敬している。

 

あとあとの話の展開上、木村さんの生き方、考え方の面白さを紹介しよう。北海道の遠軽地区出身で、もともと北海道に愛着があり、将来は自治体行政に携わりたいと大学卒業後、小樽市役所に入った。その採用面接で「地域の産業・文化・歴史を徹底的に掘り起し、地域から世界に向けて発信できるきらりと光るまちづくり」「未来を担う子供たち地域で愛着心を育む人づくり」をやっていきたいと言って採用された。今もその考えだ、という。

「自ら知り気づく機会をつくらなければ、
人は誰も行動に移さない」が座標軸

しかし、木村さんのすごさはその行動力だ。「自ら知り気づく機会をつくらなければ、人は誰も行動に移さない」ということを重要視し、他人に気づきによるアクションを促す場合、自ら実践して行動するようにしている。現に、小樽市役所時代に、木村さん自身が体験することで他人に問題提起しようと仕事が終わったあと、小樽市内のラーメン屋を食べ歩きしてラーメン屋マップをつくり、それぞれの店の特徴や店主のこだわりを把握した。その経験をベースに、すし屋134軒をすべて回った。ドラマはそこから始まった。

 

木村さんによると、懐具合もあり、1軒の店ですしを2貫だけ食べて次の店に行くようにしたら、小樽市内のすし店で「2貫王の木村」とあだ名がつくほど話題の主になった。木村さんは、食べ歩いたデータをもとに、お客目線ですし店評価基準&チェックリストをつくり、店への集客のアドバイス材料にした。自ら知り気づく機会を少しでも提供したい、と考えてのことだ。その結果、店主によっては「余計なお世話だ」と反発もあったが、その評価基準がなかなか的確で、参考になると喜ばれた、という。自治体の公務員でも、ここまでアクティブに動く人はいない。大事なことは現場から、ともに手を携えて、互いに刺激し合って、流れを変えていこう、という発想だ。