世界に福島事故の教訓発信を 脱「原発安全神話」宣言も必要

 日本中のみならず、世界の多くの国々を震撼させた東京電力福島第1原発事故から約1年5か月がたつ。だが、福島の事故現場は、いまだに原子炉周辺が強い放射線量で覆われていて、事故処理が遅々として進んでいない。このため、事故最悪レベルの「レベル7」を引き下げる状況にもない。そんな中で、もし昨年の3.11クラスの大地震が起きて、揺さぶりをかけられたら、使用済み核燃料プールなど不安定な状況にある事故現場は新たな重大災害を引き起こすリスクがある。

福島事故はまだ終わっていない、
3.11並み大地震が来たら悲惨な事態に

事故現場の現状を知っている人たちの誰もが口にこそ出さないが、最も恐れるのは、まさにこの点だ。腫(はれ)物に触るように厳重監視するいくつかの原子炉に、もし地震で亀裂が生じ、新たな放射能汚染を引き起こしたら、日本はまたまた問われる。私は、イソップ童話の「オオカミ少年」のような「大変だ、大変だ」といったお騒がせ警告を出すつもりはないが、東電福島第1原発がまだまだ予断を許さない状況にあることだけは間違いない。その意味でも、福島原発事故はまだ終わっていない

しかし国際社会では、中国を含めた新興国を中心にエネルギー需要の急増に対応するため、原発建設ラッシュの動きがある。これらの国は日本の福島原発事故をきっかけに事故リスクに敏感になっているのは確実で、日本から学ぶべき危機管理策の教訓は何か、安全対策のカギは何か、といったことを強く求めていると言っていい。
日本は、その点でも、福島原発事故対策にアクセルを踏んで「レベル7」引き下げを早く内外にアピールできるように手を打つと同時に、国内の既存原発の安全確保対策、とくにシビアアクシデント(過酷事故)対策に踏み込まねばならない。原発事故を引き起こした日本の責任は依然重い。政治が政局にエネルギーを費やしている時ではない。

日本の政府や国会はシビアアクシデント対策、
危機管理策の積極アピールを

そこで、今回のコラムでは、ここ数回のコラムで連続的に書いてきた原発事故問題の締めくくりとして、国会東電原発事故調査委員会(国会事故調、黒川清委員長)、それに政府の同じ事故調査・検証委員会(政府事故調、畑村洋太郎委員長)の最終報告書が出そろったのをきっかけに、今回の原発事故問題での教訓は何だったか、また、世界中から日本が問われていることは何かをテーマにしたい。

結論を先に申し上げよう。日本は原発事故を二度と引き起こさないための再発防止策、とくに世界中から信頼を得られるような国際基準に沿ったシビアアクシデント対策、厳しい安全対策、そして危機管理策を具体的に世界に向けて明示すること、同時に、その危機管理策のからみで「原発安全神話」信仰を捨てることをはっきりと明言し、あらゆる危機を想定して積極対応する先進モデル国家をめざすと宣言することだ。合わせて、「レベル7」脱却の目標年次を示すこと、福島原発事故に関するさまざまなデータを世界中で情報共有するため、積極的に情報開示することも表明する――ことが重要だ。

首相、衆参両院議長とも事故調報告書を受け取った後は
アクション不透明

ところが、原発事故の原因究明などを進めてきた国会事故調と政府事故調の最終報告書が最近、出たにもかかわらず、国会事故調報告を受け取った衆参両院議長、それに政府事故調査報告を受け取った野田首相それぞれが「真摯に受け止め原発事故の再発防止に充てたい」といった趣旨の答え方をしただけ。いずれも具体的にどう対応するかはっきりしない。私が述べた日本の内外に対してのメッセージ発信もまだできていない。

たまたま、7月23日午後、政府事故調の畑村委員長(当時)が野田首相に報告書を手渡した際、私はあとの記者会見参加のため現場にいたが、テレビカメラを含めてメディアが注視する中で、野田首相は通り一遍の「まずは精読させていただき、対応策を決めたい」とあいさつをして、足早に会場を去った。その時に、野田首相が分厚い報告書を小脇に抱えて、政府としても真剣に受け止める素振りを見せるならいざ知らず、秘書官に預けて、あわただしく出ていく始末。正直言って「政府は厳しく対応するつもりです。畑村さん、どこを最重点に考えるべきですか」など、パフォーマンスでもいいから、取り組み姿勢を示せればいいのにそれがない。政治混迷で心ここにあらずだ、と思った。

日本は政治劣化で2、3周遅れ 政権交代に変革の夢を託したのに、、、

今後の高齢社会対応と財政赤字に歯止めをかけるための社会保障と税の一体改革関連8法案が6月26日、大波乱の衆議院本会議でやっと可決された。民主党政権が野党の自民党、公明党間との政策調整を踏まえた結果だが、2000年代初めの金融システム破たんが現実化したころ、破たん回避のため、当時の自民党政権が野党民主党の提案を丸のみし、与野党共同提案にして必死でシステム改革法案の成立を図ったのとそっくりだ。政治がねじれ現象に陥った場合、こういった形で危機乗り切りの行動をとるのはやむを得ない。
だが、メディア報道でご存じのとおり、財源となる消費税率引き上げをめぐって、民主党内部が割れ、小沢一郎元代表や鳩山由紀夫元首相ら57人の衆院議員がマニフェスト(政治公約)違反だと反対、さらに16人が棄権や欠席の形で事実上の反対行動をとった。そればかりか、小沢グループは民主党会派の離脱、早い話が離党して新党結成の動きに出たため、政権政党の民主党は事実上の分裂状態に至る、という政治混乱の極みに至った。

政治ジャーナリストに同情するが、
政局報道に終始し政治を堕落させた反省も必要

今回のコラムでは、政局化して混乱を続ける政治の問題を取り上げたい。正直言って、日本の政治は、日本のすぐそばで起きている新興アジアの地殻変動のみならず、ユーロ経済圏などの財政・金融危機の動向を見据えて、しっかりとした戦略対応をする、といった余裕が見受けられない。それどころか問題意識も感じられず、ひたすら内向き、そして自らの保身に終始している。政治劣化で日本は世界から2、3周遅れと言っても過言でない。

経済ジャーナリストの立場で言えば、政治ジャーナリストの人たちには同情する一方で、反省も求めたい。同情の点は、時代の先を見据える行動をとりえない日本の政治を日々、取材して、もっともらしく分析・報道せざるを得ない政治ジャーナリストの人たちはご苦労さんだな、というもの。逆に、反省を求めたいのは、政策報道よりも政局報道に終始して政治混乱をあおった政治ジャーナリズムの責任も大きいのでないか、という点だ。

今回の社会保障と税の一体改革、
消費税率引き上げの政治判断はやむを得ない

今回の政治混乱のもとになった社会保障と税の一体改革問題に関しての私自身の立場を申し上げておく必要がある。結論から先に言えば、私は医療、そして年金制度改革と合わせて、その財源確保のために消費税率の引き上げはやむを得ない、という判断だ。

同時に、ギリシャの財政危機をきっかけに起きたユーロ経済圏の政府の債務危機がもたらすグローバルな金融市場不安を見ていて、日本も国債依存の強い財政構造に歯止めをかける時期に来たこと、その意味で、日本が消費税率引き上げで財政危機に歯止めをかけようとしていることを世界にメッセージ発信が必要と思っている。
その手を打っておかないと、リスクが現実化する可能性がある。日本国債の保有構造を見ると、80%が国内のメガバンクや機関投資家、個人が金融資産の形で保有しており、投機的な売買行動に出ないから心配ない、という楽観論が大勢だが、海外の動きにあおられて、ろうばい売りなどで国債暴落に発展するリスクは皆無とは言えないからだ。

日本国債の悪化リスクは重大、
政治がユーロ危機連鎖に歯止めかけるのは当然

余談だが、ギリシャ危機は、ギリシャ政府が返済のあてもないのに国債増発に頼り、それをもとに財政支出増に走ったことが最大の原因だ。これはギリシャだけの問題ではなく、スペイン、イタリアなどユーロ圏諸国に共通する。それらの国々の国債を投資目的で保有した金融機関の不良債権化が、金融市場の不安を誘い、金融システム危機を招いている。

日本の国債残高が2011年度末で676兆円、対国内総生産(GDP)比で144%にのぼる危うい財政の現実が、ヘッジファンドから債務危機だと狙い撃ちされないように、しっかりと対策を講じるのは政治の責任だ。消費税率引き上げに関しては、時期がまだ先の2014年以降であるとはいえ、デフレ状況のもとで、国民生活にしわ寄せする増税は厳しい政治選択であることは事実だ。しかし日本の財政悪化が、グローバルマーケットから狙い撃ちされるリスク回避の点もからむだけに、今回の措置はやむを得ない。

ギリシャは砂上の楼閣の恐れ 緊縮財政にどこまで耐える?

 すでにメディア報道でご存じのとおり、経済が危機的状況にあるギリシャは、金融支援の見返りに厳しい財政緊縮策を求める欧州共同体(EU)の要求を受け入れてユーロ圏にとどまる、という道を選んだ。議会の再選挙の結果、緊縮財政容認派の新民主主義党(ND)が反対派の急進左派連合を僅差で破って、とりあえずは危機乗り切りを図れたからだ。
世界中というと、オーバーかもしれないが、EU各国のみならず、米国や日本、新興アジアなどの政府や中央銀行、それに金融市場関係者が、ギリシャ議会の再選挙結果について、間違いなく固唾をのんで見守ったはずだ。時代刺激人ジャーナリストの私も同じだ。欧州との時差の関係で、日本時間の未明にあたる時間だったが、ギリシャのユーロ圏残留確実、というニュースをネット上で見たときは、経済や金融市場が大混乱せずに済んでよかったな、と思わず感じた。たぶん、多くの人が同じように胸をなでおろしたことだろう。

「ユーロ圏にとどまるも地獄、離脱も地獄」だったギリシャ、
際限なく続くリスク

欧州の小国ギリシャの、それも議会の再選挙の動向が、これほどまでに関心事となったのは言うまでもなく、「ユーロ圏にとどまるも地獄、離脱も地獄」というがけっぷちのギリシャがどちらに向かうのか見極めたい、という気持ちが多くの人にあったからだ。

結論から先に申し上げよう。ギリシャがユーロ圏にとどまったことによって、「ギリシャの次に危ないのはスペインか、イタリアか」といった形で獲物を探す金融ハイエナたちの餌食になりかねない陰惨な金融市場に陥るリスクに歯止めをかけることが出来た。これ自体は一安心だ。しかしギリシャの政治、経済、そして社会の現状を見ていると、砂上の楼閣と言っていい。ちょっとしたほころびをきっかけに、砂がどんどん動き、あっという間に砂の上に立つギリシャ経済の崩れ去るリスクが依然として潜んでいる。

グローバル・マーケット・スピード時代の連鎖リスクこわい、
ギリシャは必死で再建を

そればかりでない。今のようなグローバル、マーケット、スピードのキーワードでくくれる時代のもとでは、連鎖のリスクがもっとこわい。ギリシャのリスクがあっという間に世界中に伝播しかねないからだ。

それを防ぐためにも、まずはギリシャに自助努力を求め、赤字たれ流しのルーズなマクロ経済政策運営に歯止めをかけるべく現在の財政緊縮策をギリシャ国民に我慢し続けてもらうことだ。同時に、EU全体で経済や金融のシステム破たんを回避するためのセーフティネットの枠組みを確立することも、さらに重要だ。

ユーロ圏システム破たん回避の制度、
利害錯そうの当事者多すぎて決められず

ところが、コトは簡単でない。ギリシャ自体の話はあとで述べるが、後者のセーフティネットの制度再設計に関しては、利害が錯そうする当事者の国々が多すぎること、強烈な指導力を発揮できる政治指導者がいないことが影響して、砂に代わる岩盤づくりが難しい。中でもユーロ経済圏で過去に、さまざまなメリットを得てきたドイツが利益還元という形で指導力を発揮すべきなのに、「なぜ、自助努力を怠るギリシャなど南欧の国々の下支えが必要なのか」と反発する国内世論を、政治指導者が抑えきれないでいるのだ。

ユーロ圏にとどまる選択をしたギリシャの話に戻そう。現場取材にこだわる私にとって、ぜひ、ギリシャの現場に行ってみたいのだが、今回は、それが叶わず、日本の特派員や欧州メディアの記事を情報源にさせていただいた。出色だったのは毎日新聞の伊藤智永記者のアテネからの特派員レポートだった。伊藤記者は、私がかつて毎日新聞経済部にいた際、政治部記者として活躍していて、問題意識旺盛で、取材力があるなと思っていた。

電力危機対応蓄電システムが面白い 大型ベンチャー、エリーパワーに期待

時代の先を見据えて、6年前の2006年に69歳で大型の電力貯蔵用のリチウムイオン電池を開発生産する大学発ベンチャー企業を立ち上げたら、しばらくするうちに東日本大震災、福島原発事故で電力供給不安問題が起き、一気に脚光を浴びる大型ベンチャー企業になった、という興味深い話がある。
時代刺激人ジャーナリストにとって、とてもワクワクする話だ。高齢での起業は高齢社会の先進モデル例という点で、興味深いが、それ以上に、この話にはドラマがいろいろあり、今回は、この先見性のあるたくましい企業経営のフロントランナーぶりにスポットを当ててみたい。

旧住友銀副頭取を最後に転身、
時代先取りの大学発ベンチャー起こした吉田さん

エリーパワー株式会社社長の吉田博一さんがその話題の人だ。もともと銀行勤務経験の長いバンカーだが、旧住友銀行副頭取を最後に住銀リース経営に転じた。そこでは医療機器などリース資産の産業廃棄物処理の難しさで環境問題にめざめ、さらに慶応大学に転出後、電気自動車の開発プロジェクトにかかわるうちにリチウムイオン電池問題に遭遇した。

ここからがすごい話の始まりだ。吉田さんの企業経営者としての先見性は、電気自動車用のリチウムイオン電池よりも、まずは電力貯蔵用の蓄電池の開発生産が重要と考えたことだ。6年前に、現在のような電力の危機、供給不安時代がやってくるとは想定していなかっただろうが、電気は流しっ放しで在庫貯蔵ができない、という固定観念にチャレンジし、電力の消費量が落ちる夜間に電池貯蔵し、電力消費のピーク対応に充てるシステムを作り上げるべきだ、と構想して取り組んだ。
そして大学ゼミの若手研究者らと一緒に自ら出資して大学発ベンチャーを起業し、苦労しながらも見事成功した。人生の第4コーナーというと失礼だが、この第4コーナーで一気にフロントランナーに躍り出たわけで、異色どころか、本当に素晴らしい生き方だ。

毎日新聞時代から取材通じて知り合い、
ベンチャーの起業以降、ずっと活動支援

実は、私は、毎日新聞経済記者時代から取材を通じて、旧住友銀常務当時の吉田さんをよく存じ上げていた。とくに慶応大学教授に転じて、69歳という高齢にもかかわらず、年齢を感じさせない青年のような問題意識と情熱で、このベンチャー企業を立ち上げられてからは、その生き方に共鳴し、時代先取りの電力貯蔵用リチウムイオン電池というベンチャー企業について、ジャーナリストの好奇心で関心を持ち、活動を支援してきた。

ジャーナリストというのは、面白い職業で、取材で知り合った人たちのうち、志が高くて、それを実践している人に出会うと、その生き方に共鳴してしまい、取材仕事を離れて深くおつきあいすることが多々ある。吉田さんも、その1人で、その旺盛な問題意識、行動力もさることながら、69歳でモノづくりベンチャーを立ち上げるたくましさにファンになってしまった。誰とでも出会えるジャーナリストの特権であるとはいえ、私にとっては、かかわりを持つことによって、いい意味で足跡を残せるきっかけにもなった。

川崎工場に年産100万セルの電力貯蔵用リチウムイオン電池設備を
完成で見学

今回のコラムで取り上げるきっかけとなったのは、エリーパワーが6月13日、川崎市の工場で年産100万セルの電力貯蔵用の大型リチウムイオン電池を24時間、完全自動化で生産する最新鋭の大型製造設備の竣工式があり、「ぜひ、見てほしい」という吉田さんからの話もあって、見学会かつ竣工パーティに参加させていただいたからだ。

2年前の2010年に、同じ川崎工場に年産20万セル生産の蓄電池製造設備が完成した時点でも見学したが、今回は5倍の生産力を確保し、大量生産効果でコスト削減を図り競争力をあげると同時に価格引き下げを狙う、という経営の強い意志を感じた。また、エリーパワーが強みにするリン酸鉄を使った発火や発煙の危険のない蓄電池システムがドイツの世界的な第3者評価機関の安全性評価を得たことも強みになっている、という。

円・人民元の直接取引はクリーンヒット 日米中での現代版三国志展開を期待

日本と中国との間での貿易量や貿易額がぐんと伸び、今や日米間のそれを大きく上回る経済取引関係にある。にもかかわらず、その貿易決済に関しては、日中双方の間で、日本円と中国人民元という2つの通貨間での直接取引がないため、すべて間接取引、つまり日本円を金融機関で米国ドルにいったん交換、そのあと米国ドルを人民元に交換して、やっと決済に充てる、という回りくどいやり方だった。しかも交換手数料というコストが二重にかかっていた。考えようによっては、何ともおかしな話だ。

日中首脳会談での日本主導の提案を中国が受け入れて実現

それが6月1日から一転して、直接取引に変わり、2国間で米国ドルを介在させずに、スムーズに為替取引を行えるようになった。メディアでも報じられたので、ご存じのことと思う。ところが、この直接取引は、2011年12月の日中首脳会談で、日本側提案を中国側が受け入れたことで、一気に具体化し、実現にこぎつけたのだ。単なる2国間の経済取引に関するものであり、目立たない話のように見えるが、時代刺激人ジャーナリスト感覚では、実は、日本が主導して国際経済社会で放った久々のクリーンヒットだと言っていい。今回は、その問題をテーマにしたい。

結論から先に申し上げよう。今回の問題は、私の持論でもある「日本、米国、中国の3か国間で互いにつかず離れずの関係を保ちながら緊張感ある経済戦略外交を展開する現代版三国志」に一歩近づく動きになるのでないか、と期待しているのだ。三国志は、かつての中国の魏、呉、蜀の3か国が権謀術数を繰り広げながら、ある時は魏が呉と、またある時は魏が一転、蜀と連携して、その時々に互いをけん制し合いながら競い合う話だ。

米国に問題あれば日中、中国に問題出れば日米連携の
「三国志」に近づけるか

私は、これを現代に置き換える。端的には、米国に問題が起きれば日本と中国が連携、逆に中国に問題が生じれば日本と米国が連携して中国に対峙する。まさに戦略ゲームだ。ただし、米国と中国が連携して日本に向かってくる事態になれば、日本は踏み潰されるリスクがある。そこで、日本は日ごろからASEAN(東南アアジア諸国連合)との連携強化を行っておき、その戦略軸を力に米国や中国と対峙することが必要だと考える。

こうした形で、日本が日、米、中の3か国間での経済戦略ゲームで主導的な動きを行うことによって、生き残りを図るべきだ、というのが私の考えで、過剰な対米依存、過剰な対中依存から離れ、独自の戦略展開が重要だ、ということを申し上げたいのだ。

米国経済の凋落でドル基軸通貨システム危機にどう対応するかが第1

今回の日本円と中国人民元の直接取引実現につなげた日本の行動が、どうして「現代版三国志」につながるのかと当然、思われよう。互いに、不必要な交換手数料を負担しなくて済む、といったメリット以上に、日中双方がいつも米国ドル安、もっと言えばドル急落の為替変動リスクにさらされていた状況から一転、解放されるメリットの方が大きい。

通貨問題での「現代版三国志」にからむ話は、そこから始まるが、めぐる情勢を述べておこう。まずは米国ドルの問題。米国は戦後の長い間、世界のヘゲモニーを握り経済のみならず政治、軍事などの面で強大国を誇示するための手段の1つとして、ドル基軸通貨のシステムを維持してきた。それがリーマンショックなどを通じての米国経済の凋落をきっかけに、ドル価値が急速に低落し、今や基軸通貨の枠組みに赤信号がつきつつある。

和牛肉を日本食文化輸出の担い手に 新興アジアは潜在需要高くチャンス

 中国やASEAN(タイ、ベトナムなど東南アジア諸国連合10か国)といった新興アジアで最近、日本の食文化がブームから、さらに一歩先に進み、日本の食材が「おいしい」「安全で安心できる」「品質がいい」、そして「おもてなしの素晴らしさ」というサービスのよさへの評価も加わって、日本の食文化そのものが今や定着しつつある、という話を日本の外食関係者からたびたび聞く。中でも日本産の和牛肉のおいしさに評価が高まり、需要が着実に増えている、という。
最近、和牛の近江牛の牛肉輸出に力を注ぐ滋賀県の有限会社、澤井牧場の社長、澤井隆男さんに取材でお会いした際、その新興アジアでの和牛肉に関するわくわくするいい話を聞いたので、それを紹介しながら、今回のコラムで、和牛肉の輸出問題を取り上げたい。

タイでのフェアで滋賀・澤井牧場の
近江牛しゃぶしゃぶ肉が4日目で完売人気

澤井さんの話はこういうことだ。昨年8月、タイのバンコクで大阪はじめ近畿地域の食品などをアピールする「関西フェア」が開催された際、澤井牧場は輸出拡大のチャンスと近江牛を出品した。会場のデパートで12日間にわたってフェアが続いたが、澤井牧場のコーナーでの和牛肉の試食会に人気が集まり、わずか4日目で試食と合わせての販売が完売となり、大きな手ごたえを感じた、という。

日本の畜産農家などにとっては、元気の出るグッド・ニュースであり、近江牛の牛肉完売に至るまでの話がなかなか面白いので、もう少し具体的に紹介させていただこう。澤井さんによると、200グラムのパックにしてステーキ用としゃぶしゃぶ用のスライス肉の2種類で売り出した。しゃぶしゃぶがタイでは慣れない食べ方なので、会場で実演を兼ねて試食会を行った。タレはポン酢とゴマダレの2つ。

タイ富裕層が試食後の3日目に
「ショーケースの牛肉すべて買う」と異常反応

タイはタイ人のほか華僑の中国系、印僑のインド系が住む複合民族国家だが、試食会で最初に反応したのが初日に来たタイ人の富裕層とみられる層で、「日本の和牛肉の値段は高いが、おいしい。しゃぶしゃぶという食べ方がなかなか面白い」とすっかりお気に入り。そして面白いことに、そのタイの富裕層が1日おいた3日目にまたやってきて、何とショーケースのしゃぶしゃぶ用のスライス肉をすべて買いたい、との話。同時に、ポン酢とゴマダレもほしいと。

このタイの富裕層の「和牛肉のしゃぶしゃぶはなかなかおいしい」という店先での口コミが広がり、ショーケースに補充したあとも、和牛の近江牛肉の売れ行きがよく、4日目で完売した。持参した近江牛肉の手持ちがすべてなくなり、澤井さんにとってはうれしい話。澤井牧場は黒毛和牛を年間1600頭も肥育し、そのうちの20%を輸出にあてる意欲的な畜産経営で、新興アジアではシンガポール、タイ、それにマカオに輸出している。

澤井さん「タイは新興アジアの食文化の中継地、
日本は戦略特化が必要」

澤井さんは「タイにはすでに輸出していたが、この関西フェアでの売れ行きを見て、ステーキ肉と同時に、しゃぶしゃぶのような食べ方に関心を持ってもらい、潜在需要も見込めそうなので、戦略的に工夫して売り込んでいきたい」と自信を持った、という。現に、澤井牧場はタイの現地資本と連携して、本格的に販売強化を進めている。

しかし、ここで大事なポイントは、澤井さん自身が「タイは新興アジアの食文化の中核かつ中継地点でもあり、戦略的に特化することが大事だ」と述べている点だ。この場合の戦略的というのは、いろいろな取り組みが考えられるが、澤井さんのタイでの関西フェアの事例をもとに言わせてもらえば、1つのヒントは、近江牛という和牛肉を単体で売るのではなく、タイの富裕層が関心を示したしゃぶしゃぶという食べ方を徹底してアピールし、その際、ゴマダレやポン酢をセットにすると同時に、しゃぶしゃぶ用の鍋なども含めたトータルのシステム販売をしたら、着実に需要開拓につながると思う。

がんばれ、メディアの調査報道 朝日「プロメテウス」はユニーク

 新聞にしろ、テレビにしろ、日々のニュースの面白さは何と言っても、誰もが知らない、文字どおりのスクープ記事だ。現場取材に携わる記者の最大の使命は、こうしたスクープニュースを独自取材でつかみ、ニュースとして報じることであるのは言うまでもない。その場合、当然、ニュースの価値判断が重要になる。それは「お騒がせジャーナリズム」と言われるような、メディアの側が面白がってニュース仕立てにするものではない。地道に、丹念な取材で関係者のウラをとって隠されていた真相を報じることによって、時代が大きく違った方向に動いていく、といったものだ。

地道で丹念な取材でスクープに、リクルート事件や
旧石器ねつ造事件など

そういったスクープニュースは、当然のことながら、記者会見での発表からは出てこない。ましてや取材先のリーク情報で生まれるものでもない。独自取材、端的には取材のターゲットを決めて、丹念に取材を繰り返す調査報道が軸になる。それで思い出すのは、朝日新聞のリクルート事件報道だ。
リクルート社が関連企業の未公開株を政治家や財界人に譲渡し、店頭公開後の株価跳ね上がりで転売すれば売却益をフトコロに入れることが出来ることを承知の上で、利益供与したものだが、たまたま朝日新聞川崎支局が1988年、川崎市助役への未公開株譲渡を取り上げたら、それが次第に中央の政界などに波及していることが判明し、一気に贈収賄スキャンダル事件に発展した問題だ。見事な調査報道だった。

同じ調査報道では、毎日新聞で2000年に報じた「旧石器ねつ造事件」のスクープ記事も記憶に新しい。当時、宮城県の上高森遺跡などで「このあたりに間違いなくある」との予言で掘り起こすと歴史的な石器などが出てきて石器発掘ブームを生み出した考古学研究家が、実は事前に石器を埋め込んでいたということが、毎日新聞記者の地道な調査報道で判明したものだ。

原発事故直後の「官邸の5日間」報じた「プロメテウスの罠」は
新スタイル

そこで、今回は、新しいスタイルの調査報道の問題を取り上げよう。朝日新聞がいま、朝刊3面の左側で日々、コラムのような形で報じている「プロメテウスの罠」企画がそれだ。
昨年の3.11原発事故直後の首相官邸での菅直人前首相らの危機管理対応を独自の取材で報じた「官邸の5日間」では、朝日新聞特別報道部の記者が、時々刻々、緊張感を伴いながら事態推移する中で、首相官邸がどういった危機対応をしたのかを、現場にいた当時の政治家に直接あたって取材し、それら政治家のメモや記憶を掘り起こして当時を再現しながら、日本の政治の中枢の危機管理の現実を生々しく描き出している。

中国との技術摩擦も今後は課題 外国技術いい所どりで独自誇示

 食うか、食われるかの激しい競争が続くグローバル世界で、追いつき追い越せをスローガンにする中国など新興国が、日本の強みである先端技術をさまざまな手段で入手し、それが高じて、いわゆる技術摩擦、技術流出トラブルに発展するケースがいま、急速に増え、日本としてもますます、見過ごすことができなくなっている。前回181回コラムで取り上げた新日本製鉄がライバルの韓国鉄鋼大手ポスコを相手取って起こした総額1000億円の損害賠償請求訴訟問題も、その1つで、虎の子ともいえる方向性電磁鋼板技術が不正に取得されている、というものだ。
しかし、問題の根っこは意外に深い。新日鉄のケースの場合、その不正の引き金を引いたのが、何と新日鉄の技術者OBで、退職後の転職先ポスコで技術移転に深く関与した疑いが強いため、新日鉄にとっては実に厄介なのだ。

日本企業でリストラ合理化された技術者を狙いすましたように
ハンティング

でも、これは一過性の話ではない。長期デフレにあえぐ日本企業の多くの現場で、リストラ合理化で弾き飛ばされた技術者が、行き場を失って苦しんでいた矢先に、日本の先端技術取得に躍起の中国など新興国から、まるで狙いすましたように声がかかり、その再就職先で、それら技術者は水を得た魚のように技術伝授するため、結果的に技術流出となって問題を引き起こしている。これらが今や常態化していると言っていい。これこそがいま、日本の企業現場で起きている深刻な技術流出問題の本質部分だ。

そこで、今回もぜひ、技術流出問題の続編という形で、時代刺激人ジャーナリスト目線で問題提起しよう。これから申し上げる話は、国家がからみ、追いつき追い越せによって先進国を上回る急成長のためになりふり構わず海外から優れた技術の取得を、という国家スローガンが見え隠れするため、間違いなく厄介なのだ。そればかりでない。一昔前のような産業スパイ的な手法で技術を盗む、といったやり方ではなくて、IT(情報技術)を軸に、インターネット上で巧みに技術を抜き取る手法が加わっているので、さらに厄介だ。

小説「列島融解」が面白い、中国が秘かに大震災で被災した
企業をターゲット

これにぴったり当てはまる格好の話が、実は最近読んだ小説にあったので、まずはそれを紹介しながら、話を進めていこう。その小説は、濱嘉之さんが書いた「列島融解」(講談社刊)というタイトルの本だ。思わず引き込まれる本なので、ぜひ一読をお勧めする。

濱さんは、もともと警視庁OBで、主として内閣情報調査室、いわゆる「内調」と呼ばれる日本版CIA(米中央情報局)のような国家戦略・機密情報収集部門、それに誰もが気味悪がる公安部門といった特殊分野にかかわった異色の警察官僚ながら、警視庁退職後、作家としてデビューした。しかも、小説で取り上げる題材がリアルなうえに、鋭い問題意識を持っており、思わず引き付けられる作家だ。

中国人スパイを使って、特殊な先端技術を持つ企業を中国に招致し
「ある仕掛け」

この「列島融解」のテーマ設定が、とても興味深い。日本の先端技術の取得に躍起な中国が、日本に帰化した中国人のスパイ・ネットワークを使って、東日本大震災で企業設備や人材を一度に失って苦境にあえぐ企業、中でも基幹産業の3次、4次の下請け企業のうち、特殊な先端技術を持つ企業群をターゲットに、巧みに中国に企業誘致し、中国の日本企業向けにつくった特別の工業団地に進出させる。

その工業団地には、実は中国側が、日本企業から技術を盗み取る巧みな仕掛けがあって、裏でインターネットを駆使して、その工業団地とそっくり同じの2つの工業団地につくった工場設備で技術を盗み取る。しかも、その技術に工夫をこらして、さも中国の独自技術のようにする。それをもとに大量生産し、メイド・イン・チャイナの工業製品として第3国向け輸出する国家プロジェクトが潜む、という設定だ。とにかく今日的なテーマで、リアルな展開だから思わず引き込まれる。

アジアの看護師・介護福祉士に市場を 閉鎖的だと日本は相手にされなくなる

 日本の医療や介護の現場では、高齢化の「化」の部分がとれて、高齢者が目立つ高齢社会となる現実下で、それに対応する新たな社会システム、制度設計の構築が必要だと誰もが感じている。この機会に、日本が世界に先駆けて成熟社会国家の先進モデル例をつくる、という発想で取り組めば、日本のグローバルレベルでの存在感もぐんと出てくるはず。
ところが、今回、コラムで取り上げるインドネシア、フィリピンからの外国人看護師、介護福祉士の受け入れ問題1つをとっても、先進モデル例づくりからはほど遠い。今後の高齢社会対応のみならず、日本がアジアに対して医療分野での先端技術面での協力、さらにはアジアと連携するためには、これまで経済成長させていただいた「恩返し」の発想で、看護師などの受け入れ問題も積極的に取り組むべきだと思っている。

厚生労働省発表ではアジアとの経済連携の一環なのに、
なぜか低い合格率

さて、メディアの報道で、すでにご存じだろう。厚生労働省(以下厚労省)が3月26日に外国人看護師候補者47人が合格と発表、続いて28日には介護福祉士候補者36人が合格と発表した。いずれも日本とインドネシア、フィリピンとの経済連携協定(EPA)にもとづく受け入れ制度の一環だが、看護師の合格率がわずか11%、また介護福祉士も38%と同じく低い。あとで、合格率が低くならざるを得ない理由を述べるが、看護師試験は2009年から制度化、また介護福祉士は今回が最初の試験ながら、いずれもハードルの高さ、カベの厚さが大きく影響している。

それにしても、医療や介護の現場では人手がいくらあっても足りず、ノドから手が出るほど、人材がほしいという声が強い。加えて、アジアの人たちの間では、日本の医療や介護の現場で働きたい、技術を習得したい、生活資金をかせいで母国に仕送りしたい――などニーズも強いのだから、日本としても、門戸開放、市場開放して人材をアジアから受け入れればいいでないか、と思わず思ってしまう。そこで、時代刺激人ジャーナリストの好奇心で、何が問題なのか、現場で、チェックすることにした。

「行政のカベ」が最大問題、厚労省内部でも担当部局が一体化せず

まず、立ちはだかるのが、霞が関の行政のカベの厚さだ。行政のカベが大きな障壁になっている、という話は今に始まったことではない。グローバル化対応をめぐり国内での理屈、組織の論理を抑えて、どう対応するかといった問題を含めて、事例を上げれば枚挙にいとまがない。ただタテ割の行政組織が、相も変わらず機動性を欠いて、国益や国民益、公益とは無関係に、官庁の省益を基軸に行動し、政策判断していくため、前例踏襲が横行し、その行政組織としては間違った判断をしていない、との開き直りとなってしまう。

今回の問題も同じだ。たとえば発表の仕方1つとってもセクショナリズム丸出しだ。厚労働はEPAがらみということで、まとめて発表すればいいのに、タテ割り組織の弊害が出て発表日が2日にわたった。看護師関係の担当は医政局看護課、介護福祉士は社会・援護局福祉基盤課と、担当部局が分かれていることも響いている。そればかりでない。看護師と介護福祉士の受け入れや雇用管理は同じ省内の外国人雇用対策連携協定受け入れ対策室が関与するが、外から見ていると、とても政策が一体化しているようには思えない。

世界での韓国の存在感すごい 核サミット開催力や世銀総裁人事

 韓国が最近、グローバルな分野で、またまた存在感を見せつけている。北朝鮮の弾道ミサイル発射が東アジアのみならず世界中に緊張を及ぼす中で、韓国の李大統領がタイミングよくソウルに主要国首脳を集めて核安全保障サミットを開催し、北朝鮮(朝鮮人民共和国)に対して強烈な牽制球を投げたのが1つ。もう1つは、世界最大の公的な金融機関、世界銀行の総裁候補に、事前予測報道で名前すら上がっていなかった韓国系米国人がオバマ米大統領から指名され、事実上、世銀総裁就任が決まりとなったことだ。

なぜ日本が同じ存在感を示せないのか、
内向き政治の現状が腹立たしい

率直に言って、この2つの出来事だけをとっても、韓国のプレゼンス、存在感はすごいな、と思わせるのに十分だ。なぜ、日本が同じ存在感を示すことができなかったのだろうか、とジャーナリストの立場で考え込んでしまう。

とくに、原発事故で世界中を震撼させた日本が、北朝鮮の暴発リスクが高まる中で、原発の安全確保のみならずテロリスクへの対応、核物質の拡散を避ける管理体制の強化などに関する首脳会議を日本でいち早く開催、という機敏な行動をとれば、日本の存在感は大きく高まっただろう。日本の政治がひたすら内向きになっているばかりか、政争に明け暮れている状況では期待すること自体が無理ということだろうか。何とも腹立たしいと同時に、くやしい思いがする。

北朝鮮危機を巧みに活用し国内結束の
バネに使う韓国の機敏さは見習う必要

そこで、今回のコラムでは韓国の強さ、とくにポイント部分で必ず存在感を見せる強さはどこから来るのか、同時にグローバルな世界で見せつける上昇志向の強さの裏返しとしての韓国国内でのさまざまな格差の拡大など社会不安材料、韓国の行きつく先はどこなのか、サムスン電子などグローバル展開型企業のビジネスモデルに対して、中国が社会主義と市場経済を巧みに使い分けて追い上げる現実に韓国企業はどう対応するのか、といった問題を、この機会に、再び考えてみたい。

まずは、北朝鮮の緊張をもたらす弾道ミサイル発射実験のデモンストレーションが目前という段階で、韓国主導で核安全保障サミットをソウルで開催するすごさだ。そして北朝鮮危機を巧みに活用し、韓国国内の結束のバネに使う機敏さも見習う必要がある。